青空

ダメ社員の妄想・夢物語

節電の影響で廊下が真っ暗です。エアコンもほとんど効いていません。暑いです。
【ダメ社員】はダメ社員です。日本有数の、大きな大きな会社に入って二十数年。ただ一人の部下もいませんでした。
【ダメ社員】は無能です。同期の中でも飛び抜けて出世が遅く……最下層を徘徊しています。

別にさぼっているわけではありません。与えられた仕事は誰よりもきちんとこなしたし、ある技術の専門家として、社内外に知られたこともありました。それでも……【ダメ社員】は評価されません。ポカが多いせいかもしれませんし、自己主張が強すぎるせいかもしれません。そのときどきの上司は口では『優秀だ』と褒めてはくれますが、結局最後は評価をしてくれないのです。

年下の上司がいます。どこが自分より優れているのか、【ダメ社員】には理解できません。でもやっぱり彼は重用され、【ダメ社員】は無視されるのです。女性の上司もいました。【ダメ社員】にはない、気迫をもった方でした。ここでまた痛感します。やっぱり自分は【ダメ社員】なのだと。

かといって、会社を辞めることなどできません。【ダメ社員】には家族がいます。口はきついけど、なんにでも真面目な妻と、三人の子供と。長女は大学、長男は高校、そして次男は中学と、やたらと教育費がかかります。おまけに愛犬までいて、週末の焼き肉の切れ端を、それはそれは一途に待っているのです。

なんとか会社にしがみつきたい。家族を支えるための、ささやかな望みです。でもそれもかないそうにありません。「いらない」と言われ、あと数年でリストラされることになるでしょう。

だから【ダメ社員】は妄想します。いつの日か、作家として生きていけないかと。だから【ダメ社員】は夢をみます。夢の印税生活を。……いいですよねぇ。たぶん、そうは儲からないのでしょう。でも理不尽な上司がいない、自由に休みが取れるという二点だけでも、あこがれの生活であることは間違いありません。

簡単じゃないことはわかっています。
【ダメ社員】の好きな作家先生だけを五秒で列挙するだけで伊坂孝太郎、京極夏彦、塩野七生、田中芳樹、東野圭吾、村上春樹、宮部みゆき……の諸先生方。天才としか思えない諸先生方に比べ、【ダメ社員】は才能の片鱗もなく、ときおり文学賞に応募しても落ち続けるんですから。

でも……せめて……趣味としての小説を書き続けようと思います。才能がなくとも書いていれば、少しずつ、ほんの少しずつはうまくなる気がします。
ホームページを立ち上げました。
いろいろなコンテンツがあります。なるべく頻繁に、情報を更新したいと思います。ぜひ、定期的に来てください。「本の書き方を教える」なんておこがましいことは考えていませんが、ホンの少しだけでも参考になれば嬉しいです。
【ダメ社員】が好きな本を紹介しています。少しは啓発されたか、四百字の作文すら心もとなかった娘が、まがりなりにも小論文を書けるようになりました。志を同じくする方、【ダメ社員】の愛用する執筆道具を教えます。ちょっとでも助けになれば、これにまさる喜びはありません。
【ダメ社員】よりはるかにうまい方……長編小説を連載しています。批判してください。罵倒してください。教えてください。それでまた少し、【ダメ社員】は上手になれます。

でも、ここで【ダメ社員】は暗い気持ちになります。これまでまったく認められたことのない【ダメ社員】が、今後大成するなんてことがありえるのでしょうか?

そもそも【ダメ社員】は天の邪鬼です。
どうして『視点』をころころ変えちゃいけないのでしょう? 欧米の小説も、日本の漫画も当然のようにやっていることが……なんで日本の小説だけ『禁忌』とされるのでしょう?
どうして『感情移入』させることが大事なのでしょう? すべての物語を主人公中心に回したら、話のスケールがどんどん小さくなるだけなのに……。
どうして『ストーリーテラー』より『人を描く』ことが優先されるのでしょう?
どうしてここまで『リアリティ』が強く要求されるのでしょう? 非現実な社会って、すごく楽しいのですが。
だいたい……あれだけの新刊が本屋に並んで、どうして最近、面白い本になかなか出会なくなったのでしょう?
さらに妄想は広がります。
作家は……どうして個人プレーなのでしょう?
これでも『ダメ社員』は会社員です。個人の力の限界も、チームの大切さも知っています。隣に座る先輩が一言教えるだけで、新入社員は大きく成長します。会計、法務、総務……。多くのバックヤードが支えてくれるから、現場は安心して働けます。【ダメ社員】の周囲には、アイデアをたくさん考えつく人がいます。お陰で、ネタにはそう苦労しません。ものすごく博識な人もいます。調査が簡単にすみます。同じように……『ストーリーテラー』と『人を描ける作家』が組めたら、『男性キャラを立てる人』と『女性の気持ちがわかる人』がそろったら、ひょっとしたらすごい本になる……かもしれません。

なぜ、作家が増えないのでしょう? なぜ本があまり売れないのでしょう?
1億人という小さなパイを奪い合うだけでなく、なぜ50億の世界に討って出れないのでしょう? 『ハリーポッター』が日本で売れるのに、なぜ『もしドラ』は英訳されないのでしょう?
日本文化がつまらない、なんてことはありません。『ワンピース』や『ドラゴンボール』は世界を席巻しているのですから。
最近はやりの『クラウド』で和文英訳ができないでしょうか? 一人一行訳してもらって、大勢で直していって……。アメリカのリテラルエージェントに知り合いがいるから、認められさえすれば……。ひょっとしたら世界中でベストセラーになって、世界制覇の野望も……。あっ、中国あたりに著作権を侵害されたらどうしよう……。

どんどん妄想は膨らんで、そこではっと我に返ります。そもそもまだ最初の一冊すら出せていないことを。
パソコン画面に戻り、また一行書き加えます。けっこう……幸せなのかもしれません。
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